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POSTED / 2023.12.15

空白の3ヶ月

 

みなさんこんばんは!プンダミリア、
プリザーブドフラワー加工スプン
オーナーの木下志磨子です。

 

クリスマスシーズン真っ只中!
…とは暦ばかりで、コロナ以降の忘年会
激減から、
この暖かさ。
クリスマス気分が盛り上がらない
2023年の年末ですね。

 

とは言え私どものサービスは
クリスマスとは切っても切れない関係!
盛り上がってくれなくちゃ困ります!
直前にクリスマス気分全開に
なって欲しいものです。
私個人的にはクリスマスについて
特に盛り上がらないタイプですが

 

クリスマスツリー飾ったり、
クリスマスのリースやアレンジメントを
するのは大好き!
街のイルミネーションをゆっくり見る間もないですが
本当は見てキラキラ感を感じたいものですね!

 

さて、前回のつづきということで、、

 

高島屋クリスマスマーケットで
久々に再開した友達!

 

あれは22年ほど前。
私が花の留学で行っていた
アメリカから帰ってきたころ。

 

現地からネットで日本の花屋さんを探し、
友人の勧めでとある花屋さんを知りました。

 

しらべると、、オーナーは受賞歴や
メディアに取り上げられている方!
帰国後
幸運にもそこで働くことになりました。

 

しかし、私も急に入り込んだもので
働けるのは週3日。
それでは生活に困る、ということで
他に仕事を探しました。
時給と休みの都合のつきやすさで
あるカタログ販売のコールセンターに
面接にいくことに!

 

ちょっと不便なところにあったので
バスに乗って、ここでいいのか?
考えてると、同じバスから降りた
スーツ姿の女性。

 

思い切って話しかけました。
「もしかして、◯◯の面接ですか?」

きくと、あ、そうです。
と。

 

物静かな彼女と
静かに面接に行き、帰りのバスもまた同じ!
その日は帰りました。

 

そしたら初の出勤日
これまたあの時の彼女!
一緒になったね、がんばろー!


一緒に働くことになりました。

 

話してみると
年も近く、地方から京都に来ていて
音楽の趣味も合うし、仲良くなり
働きやすくなりました。

 

しかーし、、当時26だったかとおもうのですが
私はサラリーマンを辞めて
花屋の道に入ったのです。
花屋になりたくて!しかもそのとき
から母に「は、な、やー!花屋は反対!
なるなら独立する気持ちでなりなさい」
と言われていたもので、、、

 

いくら憧れの花屋さんで働けるからと
行って、週の半分を花と離れた
仕事するなんて、意味あるのか?
と自問自答の日々。。
正直コールセンターの仕事は
とても体は楽でした。座って
『ありがとう◯◯でございます』と
応対するだけ。しかし、貧乏性な
私はじっとしてるのが苦手~

 

それが余計に
悩ませ!結局3ヶ月でやめて、
週3日は他の花屋さんで
働くことになりました。

 

そのコールセンターの時給は高いのに
やめてしまい、、
その後、働けど生活苦の花屋掛け持ち、3件!
憧れのオーナーの花屋さん、レッスンなど中心の
商業的花屋さん、日曜日だけ
ウェディングの花屋さん。

 

気づけば休みはゼロ。

 

けれど花の勉強がしたかった
私には全くしんどさはなく、
毎日毎日吸収することばかり!

 

めちゃくちゃイキイキしていたころだと
思います。

 

足は常に湿ってて、手はいつも棘が刺さり
緑か茶色、服は花の茎や鋏で
ボロボロ!そんなでも
本当にたのしかったなぁー!
コールセンターの方が生活は
すこし楽でしたが、、
間違ってない判断だったと
思います。

 

そんな生活を3年ほどし、
憧れのオーナーは東京へ引っ越し
私は独立へと
導かれました。

 

振り返らないと、そんな3ヶ月間
コールセンター時代が
あったのかと!忘れてしまうほど。
そんな貴重な時代を知ってる彼女、とっても
貴重な存在です。

 

ちなみになんと彼女はいまも
その仕事を貫いて
いまや正社員でバリバリ働いてるそうです!
それもそれで、嬉しいなあ!

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